症例紹介

アルコール依存症例

彼は、診察中ずっと机の上から何かを拾い続けていた

 

私が精神科医になって三年目、あるアルコール依存症の患者さんと出会った話をしたいと思います。
その当時、何例かのアルコール依存の方がアルコールプログラムの入院をされた際の主治医を任されてはいましたが、この病気はなかなか治らないと、手応えがないまま治療に当たっていて、本音を言えばアルコール依存症の方は診たくないと思っていました。

 

そんな頃に外来を受診された方がいました。62才の、男性で、酔って転落し、ケガは幸い軽症だったのですが、これを機に酒をやめると決意され三日を過ぎたあたりから様子がおかしくなったとご家族に連れられて受診されました。彼は、診察中ずっと机の上から何かを拾い上げるような仕草を続けていました、依存症が身体依存まで進行していたところで急に酒をやめたため離脱症状が出ており、早急な治療が必要であると判断し、すぐに隔離室へ入院となりました。
ガイドライン通りの投薬を行い回復を待ちましたが、1週間たっても、彼は部屋の隅や布団の上から何かを拾い続けていました。おかしい、教科書的には通常二、三日で治まるはずの離脱症状が1週間経っても治まらない、少し焦りを感じ、色々な文献を調べたり、先輩医師のアドバイスを求め、通常の倍量のビタミンB群を投与したところ、徐々に離脱症状が出現する時間が短くなり、入院から1ヶ月を経過し、ようやく離脱症状が収束し、一般病室に移りました。

 

彼は、有名大学を卒業し、名の知れた企業で働かれていた方なんですが、失礼になるかもしれないですが、そういった面影を感じる方ではなかったです。ご本人はケガをした時も懲りたけどトコトン懲りた、酒はもう飲まないと言って、二週間後の外来を予約して退院していきました。
退院後1週間もしないうちに予約より前だけど受診できないか?と奥さんから連絡が入りました。受診していただくのはもちろんOKですが、けっしていいサプライズでない予感でいっぱいです。受診していただくと以前の離脱症状とは全く違った、あたかも認知症の方の周辺症状のような症状です。様々な症状を抑えるために少量の抗精神病薬は処方されていたのですが、それでは抑えきれない強い症状でした。奥様と相談し、再度入院していただきました。結局、半年強入院して、回復して退院されました、その後は再発する事なく月に一度通院されていましたが、全くの別人で、やり手ビジネスマンであった事を彷彿させる立ち居振る舞いです。

 

一年近く、棒に振ったけど、元に戻れて本当に感謝している、あと少し酒をやめるのが遅れていたら元に戻れなかったかもしれない、あのタイミングで先生と出会えて本当によかった。と語ってくれました。